配偶者が亡くなった直後は、葬儀の手配や当面の生活費など、まとまったお金が必要になる場面が多くあります。
ところが、いざ預金を引き出そうとすると「口座が凍結されていて使えない」という事態に直面する人は少なくありません。
これは制度上避けられない仕組みです。
銀行などの金融機関は、口座名義人の死亡を知った時点で、その口座を凍結します。
凍結中の口座からは、たとえ配偶者であっても自由にお金を引き出すことができません。
不動産や株式・投資信託といった有価証券も同様に、相続手続きが完了するまでは処分や名義変更ができない状態になります。
凍結を解除するには、亡くなった方の出生から死亡までの戸籍謄本一式、相続人全員の戸籍謄本、印鑑証明書などの書類をそろえ、誰がどの財産を相続するかを金融機関に申告する必要があります。
相続人が複数いる場合は遺産分割協議も必要になり、書類の収集から手続き完了までに数週間から数か月かかるのが一般的です。
その間、当座の生活費や葬儀費用は、自分名義の預金や香典、クレジットカードなどでしのがざるを得ないケースが実際に起きています。
このような「死後すぐにお金が使えなくなる」リスクに備える商品の一つが、信託銀行などが取り扱う遺言代用信託です。
信託協会の統計によれば、2024年度の累計受託件数は約26万件にのぼり、この5年間で4割以上増加しています。
利用が広がっている背景には、相続トラブルや「争族」を避けたいというニーズの高まりがあると考えられます。
■遺言代用信託の仕組みをご存知ですか?
遺言代用信託は、契約者が生きているうちに「いくら預けるか」「誰に渡すか」「どのように渡すか」をあらかじめ銀行と契約しておく金融商品です。
受取人として指定できるのは、配偶者や子どもなど法定相続人とするのが一般的です。
契約者が亡くなると、銀行はあらかじめ指定された受取人に対して、契約内容に沿って資金を払い出します。
ポイントは、銀行に信託された金銭は遺産分割の対象となる「相続財産」とは法的に切り離されて管理される点です。
そのため、通常の預金口座のように死亡と同時に凍結されることがなく、相続手続きの完了を待たずに受取人がすぐに資金を使えます。
葬儀費用の支払いや、当面の生活費の確保に充てられるのはこのためです。
<受け取り方法は2種類>
・一時金方式:指定した金額をまとめて一括で受け取る方法。例えば200万円を預けておき、葬儀費用としてまとめて受け取るような使い方です。
・定時定額方式:一定額を定期的に分割して受け取る方法。例えば1,000万円を信託し、毎月10万円ずつ生活費として受け取る、といった設計が可能です。
両者を組み合わせて、葬儀代は一時金、その後の生活費は定額で、というように使い分けることもできます。
■「生きているうち」にも使える機能について
遺言代用信託は死亡後の備えだけでなく、契約者本人が生存中に受取人となる使い方も可能です。
例えば1,000万円を信託し、公的年金が支給されない隔月に10万円ずつを自分自身が受け取る、といった設定です。
この方法のメリットは、まとまった資産を日常使いの口座から切り離しておけることです。
手元にある現金や預金の額を必要最小限に抑えられるため、高齢者を狙った悪質商法や特殊詐欺の被害に遭った場合でも、被害額を一定の範囲に抑える効果が期待できます。
認知機能の低下が進んだ場合の財産管理対策の一つとしても注目されています。
■遺言代用信託は、なんで低コストで利用できるのか?
遺言代用信託が広がっているもう一つの理由は、コストの低さです。
主要な金融機関では、契約時の手数料が無料であることが多く、契約後の管理・運用期間中も利用者が管理費を負担しない仕組みが一般的です。
これは、銀行が預かった資金を自ら運用し、そこで得られた運用益の一部を報酬として受け取るビジネスモデルになっているためです。
利用者が預けた元本については保証されるため、運用がうまくいかなかった場合でも預けた金額が目減りする心配はありません。
■遺言代用信託と似たような制度との違いについて
似た名前や目的を持つ制度がいくつかあるため、混同しないよう整理しておきましょう。
家族信託は、資産を持つ人が財産管理を家族などに託す契約です。
死亡時に資産が凍結されない点は遺言代用信託と共通していますが、対象にできる財産の範囲が大きく異なります。
遺言代用信託は基本的に金銭のみが対象であるのに対し、家族信託は不動産や有価証券なども管理対象に含められます。
しかし、家族信託は契約設計に専門家(弁護士や司法書士など)の関与が一般的に必要で、数十万円規模の初期費用がかかることが多いとされます。
財産が主に金銭で、当面の資金確保が目的であれば遺言代用信託が選択肢になりやすく、不動産なども含めた包括的な資産管理を望むなら家族信託が向く、という使い分けが考えられます。
名称が似ている「遺言信託」という商品もありますが、目的は全く異なります。
遺言信託は、遺言書の作成助言から保管、執行までを銀行が担い、遺言の内容に沿って相続手続き全体を支援するサービスです。
対象財産は遺言の執行が完了するまで凍結された状態が続くため、「死後すぐに資金を使えるようにする」という遺言代用信託の目的とは性質が異なります。
家族に葬儀代を残す方法としては、生命保険も広く使われています。
契約者自身が保険料を負担し、法定相続人を受取人に指定すれば、相続人1人当たり500万円までの非課税枠が使えるという税制上のメリットがあります。
これは遺言代用信託にはない利点です。一方で生命保険には、年齢や持病によって加入が制限される場合があることや、途中で解約すると払い込んだ保険料を下回る金額しか戻ってこない「元本割れ」のリスクがあるといった注意点もあります。
生存中に定期的な給付を受けたい場合には、遺言代用信託の方が向いていると考えられます。
■遺言代用信託を利用する際に気をつけたいこと
大手金融機関が扱う遺言代用信託では、預けられる金額の上限を3,000万円程度に設定しているところが大半です。
まとまった資産すべてを信託できるわけではない点には注意が必要です。
また、誰にいくら渡すかを決める際には、他の相続人が不公平感を抱かないよう配慮することが重要です。
日本の相続法には、配偶者や子どもなどの一定の相続人に最低限保障される取り分である「遺留分」という制度があります。
遺言代用信託で特定の相続人だけに多額の資金を渡す設計にすると、後になって他の相続人との間でトラブルになる可能性があります。
資産全体のバランスを考えながら、信託する金額や受取人を検討することが望ましいとされています。
遺言代用信託は、死後に銀行口座が凍結されて家族が資金を引き出せなくなるという問題に対し、低コストかつ手続きが比較的シンプルな形で備えられる仕組みです。
葬儀費用や当面の生活費の確保はもちろん、生存中の資産防衛策としても活用できる柔軟さが特徴です。
ただし、対象財産が金銭に限られることや預け入れ上限があること、他の相続人とのバランスへの配慮が必要なことなど、万能の制度ではありません。
家族信託や生命保険、遺言書の作成といった他の選択肢とあわせて、自身の資産状況や家族構成に合った方法を検討することが大切です。
具体的な金額設計や法的な留意点については、弁護士や税理士、利用を検討している金融機関の窓口に相談することをおすすめします。
今後の参考にお役立てください。
法人営業部 犬木 裕












