「家の作りやうは、夏をむねとすべし」は兼好法師の『徒然草』の一節で、住まいづくりに携わる方によく引用される有名なフレーズです。
最近はこの「夏をむねとすべし」を断熱性能の考え方として引き合いに出すケースが多いように思えます。
今回は「夏をむねとすべし」を住宅の維持保全の観点から捉えてみたいと思います。
■日本の夏の特徴は暑いだけなのか?
まずは夏を定義します。
吉田兼好が生きたのは700年以上前ですから当然ながら現在と同じ気候とは言えません。
温暖化の影響が叫ばれる現在と昔を比べると、昔の夏は今より涼しく、冬はより厳しかったと思われます。
そういう気候条件の中でも「冬はいかなる所にも住まる暑き頃わろき住居は堪へがたき事なり」と兼好法師は続けます。
余程夏の暑さに弱かったのでしょうか(笑)。
二十四節気における夏を「立夏~大暑」とすると、現在で夏をイメージする7月~8月よりも長い期間を夏と言うことができると思います。
二十四節気における夏には「梅雨の時期」が含まれるのです。
徒然草の夏は正しく暑さがテーマなのですが、今回は夏には雨がたくさん降るという観点でご説明いたします。
■木造住宅が日本の気候風土に適した工法だと言われる理由
古くからある木造住宅は日本の気候風土に適した工法と言われます。
「日本の気候風土に適した」とあると高温多湿な環境でも長持ちすると勘違いしてしまいがちですがそうではありません。(高温多湿に対する技術はもちろんあります)
日本は地震大国でもあります。
どれだけ高温多湿に強い住宅を作っても住宅の耐震性は別の問題です。※住宅の耐震性は地震の最大値がわからない以上、現在においても完成した技術とは言えません。
それでは何を以って「日本の気候風土に適した工法」と言われるのでしょうか。
古くからある柱などの構造材で構成される木造住宅(木造在来工法と呼ばれます)は部分改修がしやすいという特徴があります。
つまり高温多湿な環境で家が傷んでも、悪くなった部分だけの交換がしやすい工法なのです。
この悪くなったら交換するという考え方は住宅の維持・保全に繋がる大切な概念なのですが、残念ながら現在の日本では失われつつある考え方とも言えます。
■悪くなったら直すではなく悪くなったら新品に交換する価値観
日本は長らく新築偏重の住宅政策でした。
住宅性能も日進月歩で、家が傷んでしまった場合は直すよりも建て替えた方が合理的だという考え方が浸透してしまっています。
事実木造住宅の耐用年数は二十数年程度と言われています。
これでは日本の気候風土に適した工法とは言えませんよね。
平成生まれの方には馴染みがないかもしれませんが、かつて「お抱えの大工」という存在がありました。
今と比べると雨漏れも日常茶飯事だったので、家の修繕をお願いする大工さんとの付き合いがあったのです。
しかしバブル期には住宅の大量供給が求められ、また住宅建築の効率化も求められた背景もあり、お抱えの大工さんは次第に姿を消し、工務店・リフォーム会社など会社に所属する職人という位置づけになりました。
個人的なつながりから、会社との付き合いに変化したのです。
このお抱えの大工は悪くなったから直してほしいと呼ばれた際に、依頼された部分の修繕だけでなく、家全体を点検し、悪くなりそうな部分の修繕もついでに行うことを提案していました。
個人と個人のやり取りなので曖昧な部分も多く、昔のスタイルが良かったというつもりはありません。
ただお伝えしたいのは、家を定期的にメンテナンスするという概念が失われてしまったという事実です。
■マンションは修繕がしやすい構造と言えるか?
マンションを購入する場合、修繕積立金という毎月の支払いが生じます。
長期間の居住を考えると「高いな~」と思われる方も多いと思います。
マンションでは定期的に大規模修繕工事が行われるのですが、無駄ではないかと考える方が意外と多いです。
マンションは決して部分改修に適した工法とは言えません。
仮に劣化箇所が明らかだったとしても、その箇所だけに梯子をかけるような工事はできないからです。
また、劣化箇所がある以上、見えない劣化が発生している可能性が高いので、建物全体の点検が必要になります。
マンションの大規模修繕は非常に高額となるため、いつ発生するかわからない劣化事象を待つのでは計画が成り立たず、は悪くなったから直すではなく、主には悪くなる前に交換する工事となります。
高層マンションの問題点について書かれた記事を見つけましたので、お時間のある時にご確認ください。
湾岸中古タワマンへの「テレワーク移住」には、困難な未来が待ち受けているかもしれない
https://www.news-postseven.com/archives/20210522_1661247.html?DETAIL
接合箇所を埋める防水対策は、他の部材と比べても耐用年数が短いので、現在のマンション(特に高層マンション)は日本の気候風土に適した工法とは言えないかもしれません。
■戸建てでも定期点検と未然の対策が必要です
建物の維持管理が必要なのはマンションだけではありません。
建築物は工法の違いによって年数に差はあるものの必ず劣化します。
ノーメンテナンスで何十年も維持できるようにはできていないのです。
ここで、「直して使う」の良き風習が失われたことが響きます。
あまりに悪くなったら新品と交換という概念が浸透してしまったが故に、住宅をメンテナンスしなくなってしまったのです。
悪い例を一つ挙げます。
マンションと戸建てを検討する際に、戸建ては管理費や修繕積立金が発生しないからお得だと考えている人が多いです。
※中にはそれを戸建ての利点としてPRする住宅事業者もいるくらいです。
前述のとおり、戸建て住宅にもメンテナンスが必要です。
特に雨漏れなどの劣化事象は、発生し始めの頃に対処できれば範囲も狭く安く修繕できるのですが、放置すると被害が拡大し、修繕費も高額となってしまいます。
最低でも定期点検くらいは実施するべきなのです。
将来的に発生する劣化改修工事を想定すると、戸建ての場合でもマンションと同じくらいの金額を積み立てておくのが良いと思います。
気象変動によりゲリラ豪雨のような被害も発生しています。
「家の作りやうは、夏をむねとすべし」
『徒然草』から700年以上も経過した現在ですが、夏は暑いというだけでなく、当時とは異なる雨にも目を向けて、家をメンテナンスする重要さをご理解いただければと思います。